差動信号伝送(Differential Signaling)

カテゴリ: 電磁界解析 | 2026-10-01 改稿
Differential signaling coupled microstrip FEM analysis showing odd-mode and even-mode electric field distribution
結合マイクロストリップ差動ペアの奇数モード電界分布(FEM 2D断面解析)

理論:2本の差をとる

概要

🙋

USBの配線を『差動100 Ω』で引くよう指示されました。1本50 Ωの配線を2本並べればいいんですよね?

🎓

2本が十分離れていればそうだけど、差動の配線はふつう近づけて並べるから、互いの電界と磁界が結合して、1本ずつのときとインピーダンスが変わるんだ。逆向きの信号が流れる『奇モード』では、隣の配線との間の容量が効いてインピーダンスが下がる。だから50 Ωの配線をそのまま近づけると100 Ωより低くなる。線幅と間隔を合わせて差動インピーダンスとして設計する必要があるよ。

奇モードと偶モード

$$ Z_{diff} = 2Z_{odd}, \qquad Z_{cm} = \tfrac{1}{2}Z_{even}, \qquad Z_{odd} < Z_0 < Z_{even} $$

2本に逆向きの信号が流れる状態が奇モード(差動の信号)、同じ向きが偶モード(同相のノイズ)。差動インピーダンスは奇モードのインピーダンスの2倍で、結合が強いほど1本だけのときの値 $Z_0$ より下がる。

近似式

$$ Z_0 \approx \frac{87}{\sqrt{\varepsilon_r + 1.41}}\ln\frac{5.98h}{0.8w + t}, \qquad Z_{diff} \approx 2Z_0\left(1 - 0.48\,e^{-0.96 s/h}\right) $$

表層のマイクロストリップ線路の目安の式(IPC-2141系)。$h$ は誘電体の厚さ、$w$ は線幅、$t$ は銅の厚さ、$s$ は配線の間隔、$\varepsilon_r$ は比誘電率。精度は±10%程度なので、最終的な値は2次元の電磁界解析や基板メーカーの計算で確かめる。

Coffee Break よもやま話

電話線のより対線から高速シリアルへ

2本の線で信号を送り、ノイズを打ち消す考え方は、19世紀末の電話のより対線にまでさかのぼる。デジタルの世界では1990年代にLVDS(小振幅差動信号)が規格化され、振幅0.35 V程度の小さな信号で高速に、しかも放射を抑えて送れるようになった。今のUSB、PCIe、SATA、HDMIなどは、どれも差動の高速シリアル伝送で、1本あたり数十Gbpsに達する。信号の立ち上がりが数十psになると、配線のわずかな長さの差や曲がり方までが問題になる。

計算例

例1:線幅・間隔と差動インピーダンス

FR-4(比誘電率4.3)、誘電体の厚さ0.10 mm、銅の厚さ35 μmの表層配線での近似計算。

線幅単独のZ0間隔0.10 mm0.15 mm0.20 mm0.30 mm
0.146 mm50.0 Ω81.6 Ω88.6 Ω93.0 Ω97.3 Ω
0.120 mm55.3 Ω90.2 Ω98.0 Ω102.8 Ω107.6 Ω
0.100 mm60.0 Ω98.0 Ω106.4 Ω111.6 Ω116.8 Ω
🙋

50 Ωの線を0.1 mm間隔で並べると、82 Ωまで下がるんですね。

🎓

そう。差動100 Ωにするなら、線を少し細くして(例では0.12 mm)間隔を0.15〜0.20 mmにするといった組み合わせになる。間隔を広げれば100 Ωに近づくけど、結合が弱いと2本の間のノイズの打ち消しが弱まり、隣の信号とのクロストークも増える。密に結合させるか、疎にするかは設計の方針次第だけど、どちらにしても配線の途中で間隔を変えるとインピーダンスが変わって反射が起きるので、一定に保つことが大事だよ。

例2:長さの差とモード変換

$$ \Delta t = \Delta L\,\frac{\sqrt{\varepsilon_{eff}}}{c}, \qquad \text{mode conversion} \sim \frac{\Delta t}{t_r} $$
長さの差スキュー立ち上がり50 ps立ち上がり100 ps
0.5 mm3.0 ps≈6%≈3%
1.0 mm6.0 ps≈12%≈6%
2.0 mm11.9 ps≈24%≈12%

実効比誘電率3.19(表層)では、1 mmあたり約6 psのずれになる。ずれている間は2本の信号が逆向きにならず、その分が同相の成分に変わる。同相成分は受信側で打ち消されず、ケーブルや筐体から放射されてEMIの原因にもなる。曲がり角の内側と外側の長さの差もたまっていくので、蛇行配線で長さをそろえる。

設計と解析

配線の基本

  • 間隔を一定に:部品やビアをよけるときも2本をそろえて曲げ、間隔を保つ。
  • 長さをそろえる:ずれの発生源の近くで補正する。受信側でまとめて補正すると、途中の区間で同相成分が生じる。
  • リファレンス面を切らない:下のグランド面に切れ目があると、インピーダンスが乱れて同相成分が増える。
  • ビアとコネクタ:ビアの切り株(スタブ)やコネクタでインピーダンスが崩れやすい。3次元の解析で確かめる。

解析の流れ

  1. 2次元の断面解析で奇モード・偶モードのインピーダンスを求め、線幅と間隔を決める。
  2. ビア・コネクタ・パッケージを3次元で解析し、Sパラメータにする。
  3. 伝送路全体をつなぎ、アイダイアグラムや差動→同相の変換量で評価する。
Coffee Break よもやま話

「長さはそろえたのに放射が大きい」

差動ペアの長さを全体でぴったりそろえたのに、EMI試験で基本波の奇数倍の周波数が大きく出た——調べると、ずれを受信側の直前の蛇行配線でまとめて補正していた。途中の区間では1本が先に進んでいて、その区間では同相の成分がずっと流れていたのだ。長さの合計が合っていても、途中のずれは消えない。曲がり角の近くなど、ずれが生じた場所の近くで補正するのが原則だ。解析では、端での差だけでなく、区間ごとの同相成分の大きさを見るとわかりやすい。

よくある間違い

間違いと対策

間違い起きること対策
50 Ω×2で100 Ωと考える差動インピーダンスが低い結合を含めて設計
途中で間隔が変わる反射間隔を一定に
長さを受信側でまとめて補正途中で同相成分・放射ずれの近くで補正
リファレンス面の切れ目をまたぐインピーダンスの乱れ連続した面の上を通す
近似式の値で確定±10%ずれる2次元解析・基板メーカーで確認
🙋

差動インピーダンスやアイダイアグラムを自分でも試したいです。

🎓

差動ペアのインピーダンス計算で差動インピーダンス、伝送線路シミュレーターで伝送線路、結合線路のクロストークで結合、アイダイアグラムでアイダイアグラムを試せるよ。関連する話題はクロストーク、Sパラメータ、ビアのモデル化、アイダイアグラムの評価の記事にまとめてある。

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