差動信号伝送(Differential Signaling)
理論:2本の差をとる
概要
USBの配線を『差動100 Ω』で引くよう指示されました。1本50 Ωの配線を2本並べればいいんですよね?
2本が十分離れていればそうだけど、差動の配線はふつう近づけて並べるから、互いの電界と磁界が結合して、1本ずつのときとインピーダンスが変わるんだ。逆向きの信号が流れる『奇モード』では、隣の配線との間の容量が効いてインピーダンスが下がる。だから50 Ωの配線をそのまま近づけると100 Ωより低くなる。線幅と間隔を合わせて差動インピーダンスとして設計する必要があるよ。
奇モードと偶モード
2本に逆向きの信号が流れる状態が奇モード(差動の信号)、同じ向きが偶モード(同相のノイズ)。差動インピーダンスは奇モードのインピーダンスの2倍で、結合が強いほど1本だけのときの値 $Z_0$ より下がる。
近似式
表層のマイクロストリップ線路の目安の式(IPC-2141系)。$h$ は誘電体の厚さ、$w$ は線幅、$t$ は銅の厚さ、$s$ は配線の間隔、$\varepsilon_r$ は比誘電率。精度は±10%程度なので、最終的な値は2次元の電磁界解析や基板メーカーの計算で確かめる。
電話線のより対線から高速シリアルへ
2本の線で信号を送り、ノイズを打ち消す考え方は、19世紀末の電話のより対線にまでさかのぼる。デジタルの世界では1990年代にLVDS(小振幅差動信号)が規格化され、振幅0.35 V程度の小さな信号で高速に、しかも放射を抑えて送れるようになった。今のUSB、PCIe、SATA、HDMIなどは、どれも差動の高速シリアル伝送で、1本あたり数十Gbpsに達する。信号の立ち上がりが数十psになると、配線のわずかな長さの差や曲がり方までが問題になる。
計算例
例1:線幅・間隔と差動インピーダンス
FR-4(比誘電率4.3)、誘電体の厚さ0.10 mm、銅の厚さ35 μmの表層配線での近似計算。
| 線幅 | 単独のZ0 | 間隔0.10 mm | 0.15 mm | 0.20 mm | 0.30 mm |
|---|---|---|---|---|---|
| 0.146 mm | 50.0 Ω | 81.6 Ω | 88.6 Ω | 93.0 Ω | 97.3 Ω |
| 0.120 mm | 55.3 Ω | 90.2 Ω | 98.0 Ω | 102.8 Ω | 107.6 Ω |
| 0.100 mm | 60.0 Ω | 98.0 Ω | 106.4 Ω | 111.6 Ω | 116.8 Ω |
50 Ωの線を0.1 mm間隔で並べると、82 Ωまで下がるんですね。
そう。差動100 Ωにするなら、線を少し細くして(例では0.12 mm)間隔を0.15〜0.20 mmにするといった組み合わせになる。間隔を広げれば100 Ωに近づくけど、結合が弱いと2本の間のノイズの打ち消しが弱まり、隣の信号とのクロストークも増える。密に結合させるか、疎にするかは設計の方針次第だけど、どちらにしても配線の途中で間隔を変えるとインピーダンスが変わって反射が起きるので、一定に保つことが大事だよ。
例2:長さの差とモード変換
| 長さの差 | スキュー | 立ち上がり50 ps | 立ち上がり100 ps |
|---|---|---|---|
| 0.5 mm | 3.0 ps | ≈6% | ≈3% |
| 1.0 mm | 6.0 ps | ≈12% | ≈6% |
| 2.0 mm | 11.9 ps | ≈24% | ≈12% |
実効比誘電率3.19(表層)では、1 mmあたり約6 psのずれになる。ずれている間は2本の信号が逆向きにならず、その分が同相の成分に変わる。同相成分は受信側で打ち消されず、ケーブルや筐体から放射されてEMIの原因にもなる。曲がり角の内側と外側の長さの差もたまっていくので、蛇行配線で長さをそろえる。
設計と解析
配線の基本
- 間隔を一定に:部品やビアをよけるときも2本をそろえて曲げ、間隔を保つ。
- 長さをそろえる:ずれの発生源の近くで補正する。受信側でまとめて補正すると、途中の区間で同相成分が生じる。
- リファレンス面を切らない:下のグランド面に切れ目があると、インピーダンスが乱れて同相成分が増える。
- ビアとコネクタ:ビアの切り株(スタブ)やコネクタでインピーダンスが崩れやすい。3次元の解析で確かめる。
解析の流れ
- 2次元の断面解析で奇モード・偶モードのインピーダンスを求め、線幅と間隔を決める。
- ビア・コネクタ・パッケージを3次元で解析し、Sパラメータにする。
- 伝送路全体をつなぎ、アイダイアグラムや差動→同相の変換量で評価する。
「長さはそろえたのに放射が大きい」
差動ペアの長さを全体でぴったりそろえたのに、EMI試験で基本波の奇数倍の周波数が大きく出た——調べると、ずれを受信側の直前の蛇行配線でまとめて補正していた。途中の区間では1本が先に進んでいて、その区間では同相の成分がずっと流れていたのだ。長さの合計が合っていても、途中のずれは消えない。曲がり角の近くなど、ずれが生じた場所の近くで補正するのが原則だ。解析では、端での差だけでなく、区間ごとの同相成分の大きさを見るとわかりやすい。
よくある間違い
間違いと対策
| 間違い | 起きること | 対策 |
|---|---|---|
| 50 Ω×2で100 Ωと考える | 差動インピーダンスが低い | 結合を含めて設計 |
| 途中で間隔が変わる | 反射 | 間隔を一定に |
| 長さを受信側でまとめて補正 | 途中で同相成分・放射 | ずれの近くで補正 |
| リファレンス面の切れ目をまたぐ | インピーダンスの乱れ | 連続した面の上を通す |
| 近似式の値で確定 | ±10%ずれる | 2次元解析・基板メーカーで確認 |
差動インピーダンスやアイダイアグラムを自分でも試したいです。
差動ペアのインピーダンス計算で差動インピーダンス、伝送線路シミュレーターで伝送線路、結合線路のクロストークで結合、アイダイアグラムでアイダイアグラムを試せるよ。関連する話題はクロストーク、Sパラメータ、ビアのモデル化、アイダイアグラムの評価の記事にまとめてある。
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