ASHRAE規格とCAE熱流体シミュレーション
ASHRAE規格は解析のどこに入るか
概要
空調のCFDをやっていると「ASHRAE準拠で評価して」と言われるんですが、ASHRAEって規格が山ほどありますよね。どれを見ればいいんですか?
解析の立場で整理すると、使い道は4つに分かれるよ。①境界条件の出典(設計外気条件、発熱、在室人数)、②結果を判定する基準(快適性、換気量、機器の吸込温度)、③ソフトウェアやモデルの妥当性確認、④実測への校正。CFDの結果は「流速と温度の分布」でしかないから、それを合否に変えるための物差しを規格から借りてくる、と考えるとわかりやすい。
解析でよく使う規格
| 規格 | 規定している内容 | 解析での使い道 |
|---|---|---|
| Standard 55 | 在室者の温熱快適性の条件(PMV/PPD、作用温度、局所不快感) | 室内CFDの結果の判定基準 |
| Standard 62.1 | 許容できる室内空気質のための換気量 | 外気量の境界条件と、換気効率の評価 |
| Standard 90.1 | 建物の省エネルギー基準(付録Gに性能評価法) | エネルギー解析の基準建物とモデル化ルール |
| Standard 140 | 建物エネルギー解析ソフトの試験方法(BESTEST) | 使うソフトの妥当性確認 |
| Guideline 14 | 省エネルギー量の計測(モデル校正の基準を含む) | 実測との一致度の判定 |
| Handbook—Fundamentals | 湿り空気線図、熱負荷計算法、設計用気象データ | 外気条件・物性・発熱の出典 |
規格は改訂が続くため、数値を使うときは参照した版(年)を報告書に明記する。本ページの数値は考え方を示すための代表値である。
設計用の外気条件
冷房の設計では Handbook の気象データにある「年間の0.4%・1%・2%」の値、暖房では「99.6%・99%」の値を使うのが一般的だよ。0.4%というのは、1年の時間のうちその温度を超えるのが0.4%(約35時間)しかないという意味。CFDの外気境界をどの値にするかで吹出温度も熱負荷も変わるから、どの超過確率を選んだかは必ず書いておこう。
暖房と冷凍の2つの学会が合流して生まれた
ASHRAE(American Society of Heating, Refrigerating and Air-Conditioning Engineers)は、1894年創立の暖房・換気技術者の学会と、1904年創立の冷凍技術者の学会が1959年に合併してできた。名前に「暖房」「冷凍」「空調」が並んでいるのはその名残だ。現在の規格も、建物の暖冷房だけでなく、冷媒の安全性やデータセンタの冷却まで幅広く扱っている。
快適性(Standard 55)をCFDで評価する
PMVとPPD
PMV(予測平均温冷感申告)は、気温・平均放射温度・風速・湿度の4つの環境要素と、代謝量(met)・着衣量(clo)から計算する −3〜+3 の指標。そこから不満を感じる人の割合 PPD が決まる。
| PMV | PPD | 目安 |
|---|---|---|
| 0 | 5.0 % | 最小値。全員が満足する環境はない |
| ±0.5 | 10.2 % | Standard 55 の一般的な快適範囲の境界 |
| ±1.0 | 26.1 % | 4人に1人が不満 |
| ±1.5 | 50.9 % | 半数が不満 |
| ±2.0 | 76.8 % | 明らかに不快 |
PMVの式はCFDソフトに入っていますよね。温度と風速を出せば自動で計算してくれるんじゃないんですか?
計算はしてくれるけど、入力の半分はCFDの外から来るんだ。代謝量はオフィスの座位作業で1.0〜1.2 met、着衣量は夏0.5 clo・冬1.0 clo 程度が典型で、ここを変えるだけでPMVは簡単に0.5以上動く。それと見落とされやすいのが平均放射温度。放射を解いていないCFDでは平均放射温度が気温と同じ扱いになって、窓際の冷たい壁や日射の影響が消える。窓の多い部屋では放射モデルを入れないと、PMVの結論が逆になることもあるよ。
作用温度
Standard 55 の快適範囲は作用温度で示される。風速が小さい(0.2 m/s 未満)ときは、気温 $t_a$ と平均放射温度 $\bar{t}_r$ の平均で近似できる。
局所不快感と評価点
- 上下温度差:座位で足首(0.1 m)と頭(1.1 m)の気温差が大きいと不快。Standard 55 は3℃を上限の目安としている。床吹出しや置換換気のCFDで最初に確認する項目。
- 床表面温度:靴を履いた状態で19〜29℃が目安。床暖房・床冷房の解析で使う。
- ドラフトと放射の非対称:足元の冷たい気流や、冷たい窓・暖かい天井による放射の偏りも不快感の原因として評価対象になる。
- 評価高さ:座位は0.1・0.6・1.1 m、立位は0.1・1.1・1.7 m で値を取るのが基本。CFDでは居住域全体の分布も併せて示すと説得力が増す。
換気・空気齢・データセンタ
換気量(Standard 62.1)の計算例
換気量計算手順では、人員あたりと床面積あたりの外気量を足して呼吸域の必要外気量 $V_{bz}$ を求め、吹出し・吸込みの配置で決まる換気効率 $E_z$ で割る。
オフィス用途の代表値 $R_p = 2.5$ L/(s·人)、$R_a = 0.3$ L/(s·m²) で、床面積100 m²・10人の事務室なら $V_{bz} = 25 + 30 = 55$ L/s(198 m³/h)。天井から温風を吹いて天井で吸い込む暖房時のように $E_z = 0.8$ となる配置では、必要外気量は 68.75 L/s(約248 m³/h)に増える。
空気齢で換気効率を確かめる
CFDでは、空気が室内に入ってからの経過時間(空気齢)$\tau$ を、生成項1のスカラーとして解くことができる。室容積 $V$ を換気量 $Q$ で割った公称時間定数 $\tau_n$ との比が、換気の効率を表す指標になる。
さっきの事務室(天井高2.7 m、容積270 m³)に198 m³/h の外気を入れると $\tau_n$ は約82分。CFDで呼吸域の平均空気齢が95分と出たら $\varepsilon \approx 0.86$ で、外気が居住域に届く前に短絡しているかもしれない、と読める。空気齢の分布図を見れば、どの吹出口と吸込口の組み合わせで短絡しているかまでわかる。換気量の数字だけではわからないことが見えるのが、CFDを使う価値だね。
データセンタの吸込温度
ASHRAE の技術委員会 TC 9.9 は、IT機器の吸込空気温度の推奨範囲を18〜27℃としている。データセンタのCFDでは室温の平均ではなく、各ラックの前面(吸込面)の温度がこの範囲に入っているかを判定する。ホットアイルからの回り込みがあると、平均値が低くても最上段のサーバだけ範囲外になることが多い。
吹出口を細かく作り込むより大事なこと
天井ディフューザーの羽根や格子を室内CFDで忠実にメッシュ化すると、それだけで計算規模が数倍になる。そこで Nielsen らが提案した Box 法や Momentum 法のように、吹出口の近くの測定値や運動量だけを境界条件として与える簡略化がよく使われる。重要なのは、吹出口から少し離れた位置で到達距離(スロー)や温度の減衰がメーカーの性能値と合っているかを確かめること。そこが合っていれば、居住域の評価には細部の形状はほとんど効かない。
校正とよくある間違い
実測への校正(Guideline 14)
| データ | NMBE | CV(RMSE) |
|---|---|---|
| 月次 | ±5 % | 15 % |
| 時刻別 | ±10 % | 30 % |
NMBE は全体の偏り、CV(RMSE) はばらつきを表す。建物のエネルギーモデルはこの基準を満たして初めて「校正済み」と呼べる。CFDでも、実測点での温度や風速について同じように偏りとばらつきを分けて示すと、結果の信頼性を説明しやすい。
よくある間違い
| 間違い | 起きること | 対策 |
|---|---|---|
| 気温だけで快適性を判定 | 窓や天井の放射の影響を見落とす | 放射を解き、作用温度とPMVで判定 |
| cfm と L/s、ft² と m² の換算ミス | 外気量が2倍前後ずれる | SI版の値を使うか、換算を明記する(1 cfm ≈ 0.472 L/s) |
| 換気効率を常に1とする | 暖房時の天井吹出しなどで外気不足 | 配置に応じた $E_z$ を使い、空気齢で確認 |
| 代謝量・着衣量を既定値のまま | PMVが0.5以上ずれることがある | 用途と季節に合った値を選び、報告に書く |
| 規格の版を書かない | 後から基準値の根拠がたどれない | 参照した規格と年を明記 |
数字の感覚をつかむのに使えるツールはありますか?
快適性の計算はPMV/PPD温熱快適性シミュレーション、外気量と汚染物質の減り方はクリーンルーム換気回数シミュレーターで確かめられるよ。空調機まわりの熱と湿気の収支はAHU熱バランスシミュレーターと冷却コイル熱負荷シミュレーター、建物全体の熱の逃げ方は建物の熱損失シミュレーター、データセンタの冷却効率はデータセンタPUE冷却効率シミュレーター。年間のエネルギー解析の進め方は建築エネルギーシミュレーションにまとめてある。
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