極超音速流れ — 理論と支配方程式

カテゴリ: 流体解析 | 2026-01-15
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理論と物理の世界へ

概要

🧑‍🎓

先生、極超音速流れってマッハ5以上の世界ですよね? 普通の超音速と何が違うんですか?


🎓

決定的に違うのは、衝撃波背後の温度が数千Kに達して気体の化学的性質が変わる点だ。空気が解離・電離を起こすから、理想気体の仮定が完全に崩れる。再突入カプセルやスクラムジェットの設計では避けて通れない領域だね。


🧑‍🎓

温度が高すぎて空気の分子が壊れるってことですか。それは怖い…


🎓

そう。N₂やO₂が原子に解離し、さらに高温ではイオン化する。このため熱化学非平衡を考慮した支配方程式が必要になるんだ。


支配方程式

🧑‍🎓

具体的にどんな方程式が出てくるんですか?


🎓

まず垂直衝撃波の基本、Rankine-Hugoniot関係式。理想気体の場合、衝撃波前後の圧力比は


$$ \frac{p_2}{p_1} = \frac{2\gamma M_1^2 - (\gamma - 1)}{\gamma + 1} $$

で、温度比は


$$ \frac{T_2}{T_1} = \frac{[2\gamma M_1^2 - (\gamma - 1)][(\gamma - 1)M_1^2 + 2]}{(\gamma + 1)^2 M_1^2} $$

🧑‍🎓

M=20くらいだと温度比はどれくらいになるんですか?


🎓

理想気体で計算するとT₂/T₁は数百倍になるが、実際には解離反応がエネルギーを吸収するため温度上昇が抑えられる。これがまさに実在気体効果だ。Newtonの修正圧力係数も極超音速では重要で


$$ C_p = 2\sin^2\theta $$

は鈍頭物体の淀み点圧力の良い近似になる。さらに淀み点エンタルピー


$$ h_0 = h + \frac{V^2}{2} $$

がTPS(熱防護システム)設計の出発点だ。マッハ25の軌道速度では $h_0 \approx 30$ MJ/kg にもなる。


🧑‍🎓

30 MJ/kgって途方もないエネルギーですね…


熱化学非平衡モデル

🧑‍🎓

空気が解離するとき、どういうモデルを使うんですか?


🎓

5種(N₂, O₂, NO, N, O)または11種(イオン種と電子を含む)の化学種輸送方程式を追加する。各化学種 $Y_s$ の輸送方程式は


$$ \frac{\partial (\rho Y_s)}{\partial t} + \nabla \cdot (\rho Y_s \mathbf{u}) = \nabla \cdot (\rho D_s \nabla Y_s) + \dot{\omega}_s $$

ここで $\dot{\omega}_s$ は化学反応ソース項で、Arrheniusの反応速度定数


$$ k_f = A T^n \exp\left(-\frac{E_a}{R T}\right) $$

で計算する。Park (1990) の2温度モデルでは、並進-回転温度 $T_{tr}$ と振動-電子温度 $T_{ve}$ を分離して扱うんだ。


🧑‍🎓

2つの温度を使うんですか! 衝撃波背後では振動温度が遅れて上昇するイメージですね。


🎓

その通り。振動緩和時間はMillikan-Whiteの相関式で推定する。この非平衡領域が衝撃波のスタンドオフ距離や壁面加熱率に大きく影響するから、CFDでの適切なモデリングが不可欠なんだ。


壁面加熱と耐熱設計

🧑‍🎓

再突入機の表面はどれくらい加熱されるんですか?


🎓

淀み点の加熱率はFay-Riddellの式で概算できる。


$$ \dot{q}_s = 0.763 \, Pr^{-0.6} (\rho_e \mu_e)^{0.4} (\rho_w \mu_w)^{0.1} \sqrt{\frac{du_e}{dx}} (h_0 - h_w) $$

鼻先半径が大きいほど加熱率が下がるため、再突入体は鈍頭形状にするんだ。Apollo型カプセルの鼻先加熱率はピーク時で数MW/m²に達する。


🧑‍🎓

だから再突入体は丸い形をしてるんですね。鋭い先端にすると加熱が集中してしまう。


🎓

そう。これが極超音速空力設計の基本思想だ。ブラントボディパラドックスとも呼ばれる。


Coffee Break よもやま話

F1と空力の戦い

F1マシンは時速300kmで走ると、車重と同じくらいのダウンフォース(下向きの空力的な力)を発生します。つまり理論上、天井に貼り付けて走れる! チームは数千CPU時間のCFDシミュレーションを毎週実行し、フロントウィングの角度を0.1°単位で最適化しています。F1はCAEの技術力がそのまま順位に直結する世界です。

各項の物理的意味
  • 時間項 $\partial(\rho\phi)/\partial t$:蛇口をひねった瞬間を思い浮かべてください。最初は水がバタバタと不安定に出て、しばらくすると安定した流れになりますよね? この「変化している最中」を記述するのが時間項です。心臓の拍動で血流が脈打つのも、エンジンのバルブが開閉するたびに流れが変動するのも、すべて非定常現象。では定常解析とは? 「十分時間が経って流れが落ち着いた後」だけを見る——つまりこの項をゼロにする。計算コストが大幅に下がるため、まず定常で解いてみるのがCFDの基本戦略です。
  • 対流項 $\nabla \cdot (\rho \mathbf{u} \phi)$:川に落ち葉を落としたらどうなりますか? 流れに乗って下流に運ばれますよね。これが「対流」——流体の動きが物を運ぶ効果です。暖房の温風が部屋の端まで届くのも、空気という「運び屋」が熱を対流で輸送しているから。ここが面白いところ——この項は「速度×速度」を含むため非線形です。つまり、流れが速くなるとこの項が急激に強くなり、制御が難しくなる。これが乱流の根本原因です。よくある勘違い:「対流と伝導は同じようなもの」→ 全然違います! 対流は流れが運ぶ、伝導は分子が伝える。桁違いの効率差があります。
  • 拡散項 $\nabla \cdot (\Gamma \nabla \phi)$:コーヒーにミルクを入れて放置したことはありますか? かき混ぜなくても、しばらく経つと自然に混ざりますよね。あれが分子拡散です。では次の質問——ハチミツとお水、どちらが流しやすいですか? 当然お水ですよね。ハチミツは粘性($\mu$)が高いから流れにくい。粘性が大きいと拡散項が強くなり、流体は「もったりした」動きになります。レイノルズ数が小さい流れ(ゆっくり、ドロドロ)では拡散が支配的。逆にRe数が大きい流れでは対流が圧倒し、拡散は脇役になります。
  • 圧力項 $-\nabla p$:注射器のピストンを押すと、液体が針先から勢いよく出ますよね? なぜでしょう? ピストン側が高圧、針先が低圧——この圧力差が流体を押す力になるからです。ダムの放水も同じ原理。天気図で等圧線がギュッと密になっている場所では? そう、強風が吹きます。「圧力差があるところに流れが生まれる」——これがナビエ-ストークス方程式の圧力項の物理的意味。ここでの勘違いポイント:CFDの「圧力」は絶対圧ではなくゲージ圧のことが多い。圧縮性解析に切り替えたとたんに結果がおかしくなる場合、絶対圧/ゲージ圧の混同が原因かもしれません。
  • ソース項 $S_\phi$:暖められた空気が上に昇る——なぜでしょう? 周囲より軽く(密度が低く)なったから、浮力で押し上げられるのです。この浮力はソース項として方程式に追加されます。他にも、ガスコンロの炎で化学反応熱が発生する、工場の電磁ポンプで金属溶湯にローレンツ力がかかる…これらはすべて「外部から流体にエネルギーや力を注入する」作用であり、ソース項で表現します。ソース項を忘れるとどうなるか? 自然対流の解析で浮力を入れ忘れると、流体は一切動かない——冬の部屋で暖房をつけたのに暖かい空気が上に行かない、という物理的にありえない結果になります。
仮定条件と適用限界
  • 連続体仮定:クヌッセン数 Kn < 0.01(分子平均自由行程 ≪ 代表長さ)で成立
  • ニュートン流体仮定:せん断応力と歪み速度が線形関係(非ニュートン流体では粘度モデルが必要)
  • 非圧縮性仮定(Ma < 0.3の場合):密度を一定として扱う。マッハ数0.3以上では圧縮性効果を考慮
  • ブシネスク近似(自然対流):密度変化を浮力項のみで考慮し、他の項では一定密度を使用
  • 適用外ケース:希薄気体(Kn > 0.1)、超音速・極超音速流れ(衝撃波捕捉が必要)、自由表面流れ(VOF/Level Set等が必要)
次元解析と単位系
変数SI単位注意点・換算メモ
速度 $u$m/s入口条件で体積流量から換算する際、断面積の単位に注意
圧力 $p$Paゲージ圧と絶対圧の区別。圧縮性解析では絶対圧を使用
密度 $\rho$kg/m³空気: 約1.225 kg/m³@20°C、水: 約998 kg/m³@20°C
粘性係数 $\mu$Pa·s動粘性係数 $\nu = \mu/\rho$ [m²/s] との混同に注意
レイノルズ数 $Re$無次元$Re = \rho u L / \mu$。層流/乱流遷移の判定指標
CFL数無次元$CFL = u \Delta t / \Delta x$。時間刻みの安定性に直結

数値例:円管内層流(d=10mm, L=1m, 水μ=0.001Pa·s, Q=0.1L/min)

Re = ρuD/μ = 998×0.021×0.01/0.001 ≈ 212層流) 圧力損失 ΔP = 128μLQ/(πd⁴) ≈ 68.2 Pa

乱流モデル別の精度比較(後向きステップ、再付着長さ):

k-ε標準5.8h(実験6.1h)
-4.9%
k-ω SST6.0h
-1.6%
RSM6.05h
-0.8%
LES6.12h
+0.3%
実験値6.1h
基準

k-ω SSTは精度とコストのバランスが良く、多くの実務で最初の選択肢になります。

簡易計算ツール:流体力学基礎

レイノルズ数 Re = ρuL/μ を計算し、層流/乱流の判定を行います。

CFL数 = u·Δt/Δx を計算し、時間刻みの安定性を確認します。

円管内の層流ハーゲン-ポアズイユ流れの圧力損失 ΔP = 128μLQ/(πd⁴)

CFDメッシュの品質管理や乱流モデルの選定に悩む時間を、もっと創造的な設計作業に使えたら。 — Project NovaSolverはそんな実務者の声から生まれました。

Project NovaSolver — CAE実務の課題に向き合う研究開発

「極超音速流れをもっと効率的に解析できないか?」——私たちは実務者の声に耳を傾け、既存ワークフローの改善を目指す次世代CAEプロジェクトに取り組んでいます。具体的な機能はまだ公開前ですが、開発の進捗をお届けします。

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