流体のエネルギー方程式 — 理論と支配方程式

カテゴリ: 流体解析(CFD) | 2026-01-15
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理論と物理の世界へ

概要

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先生、流体のエネルギー方程式ってどんなときに必要になるんですか?


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温度場を求めたい場合に必須だ。熱交換器の設計、電子機器の冷却、燃焼、自然対流などはすべてエネルギー方程式を解く必要がある。等温流れならNS方程式と連続の式だけで閉じるが、温度が絡むとエネルギー方程式が加わる。


エネルギー方程式(温度形)

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非圧縮性流れの温度場に対するエネルギー方程式は次の通り。


$$ \rho c_p \frac{DT}{Dt} = \nabla \cdot (k \nabla T) + \Phi + \dot{q} $$

ここで $c_p$ は定圧比熱、$k$ は熱伝導率、$\Phi$ は粘性散逸関数、$\dot{q}$ は内部発熱率だ。


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粘性散逸って何ですか?


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粘性によって運動エネルギーが熱に変換される項だ。非圧縮の場合、


$$ \Phi = \mu \left(\frac{\partial u_i}{\partial x_j} + \frac{\partial u_j}{\partial x_i}\right)\frac{\partial u_i}{\partial x_j} $$

通常の工学的な流れでは粘性散逸は無視できるほど小さいが、高粘度流体(ポリマー溶融など)や超高速流では無視できなくなる。


エッカート数

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粘性散逸の重要性はエッカート数(Eckert number)で評価する。


$$ Ec = \frac{U^2}{c_p \Delta T} $$

$Ec \ll 1$ なら粘性散逸は無視可能。例えば空気流($U = 50$ m/s, $\Delta T = 20$ K)では $Ec \approx 0.12$ で小さい。一方、ポリマー押出($U = 0.1$ m/s, $\mu = 1000$ Pa·s)では散逸が温度上昇の主因になり得る。


エネルギー方程式(エンタルピー形)

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圧縮性流れではどう変わりますか?


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全エンタルピー $h_0 = h + \frac{1}{2}|\mathbf{u}|^2$ を用いたエネルギー方程式が使われる。


$$ \frac{\partial (\rho h_0)}{\partial t} + \nabla \cdot (\rho \mathbf{u} h_0) = \nabla \cdot (k \nabla T) + \nabla \cdot (\boldsymbol{\tau} \cdot \mathbf{u}) + \dot{q} + \frac{\partial p}{\partial t} $$

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圧縮性では状態方程式 $p = \rho R T$(理想気体)が加わり、方程式系が閉じる。密度、速度、圧力、温度の4つの場が全て連成する。


無次元パラメータ

パラメータ定義物理的意味
Prandtl数 Pr$\nu/\alpha = \mu c_p/k$運動量拡散と熱拡散の比
Nusselt数 Nu$hL/k$対流/伝導の熱伝達比
Peclet数 Pe$Re \cdot Pr$移流/拡散の比
Eckert数 Ec$U^2/(c_p\Delta T)$運動エネルギー/熱エネルギー
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Pr数が流体の性質で決まるのに対して、Nuは計算結果として得られるんですね。


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その通り。空気は $Pr \approx 0.71$、水は $Pr \approx 7$、エンジンオイルは $Pr \approx 100$〜1000。Pr数が大きいほど熱境界層が薄くなり、壁面近傍の温度勾配を正確に解像するために細かいメッシュが必要になる。

Coffee Break よもやま話

F1と空力の戦い

F1マシンは時速300kmで走ると、車重と同じくらいのダウンフォース(下向きの空力的な力)を発生します。つまり理論上、天井に貼り付けて走れる! チームは数千CPU時間のCFDシミュレーションを毎週実行し、フロントウィングの角度を0.1°単位で最適化しています。F1はCAEの技術力がそのまま順位に直結する世界です。

各項の物理的意味
  • 時間項 $\partial(\rho\phi)/\partial t$:蛇口をひねった瞬間を思い浮かべてください。最初は水がバタバタと不安定に出て、しばらくすると安定した流れになりますよね? この「変化している最中」を記述するのが時間項です。心臓の拍動で血流が脈打つのも、エンジンのバルブが開閉するたびに流れが変動するのも、すべて非定常現象。では定常解析とは? 「十分時間が経って流れが落ち着いた後」だけを見る——つまりこの項をゼロにする。計算コストが大幅に下がるため、まず定常で解いてみるのがCFDの基本戦略です。
  • 対流項 $\nabla \cdot (\rho \mathbf{u} \phi)$:川に落ち葉を落としたらどうなりますか? 流れに乗って下流に運ばれますよね。これが「対流」——流体の動きが物を運ぶ効果です。暖房の温風が部屋の端まで届くのも、空気という「運び屋」が熱を対流で輸送しているから。ここが面白いところ——この項は「速度×速度」を含むため非線形です。つまり、流れが速くなるとこの項が急激に強くなり、制御が難しくなる。これが乱流の根本原因です。よくある勘違い:「対流と伝導は同じようなもの」→ 全然違います! 対流は流れが運ぶ、伝導は分子が伝える。桁違いの効率差があります。
  • 拡散項 $\nabla \cdot (\Gamma \nabla \phi)$:コーヒーにミルクを入れて放置したことはありますか? かき混ぜなくても、しばらく経つと自然に混ざりますよね。あれが分子拡散です。では次の質問——ハチミツとお水、どちらが流しやすいですか? 当然お水ですよね。ハチミツは粘性($\mu$)が高いから流れにくい。粘性が大きいと拡散項が強くなり、流体は「もったりした」動きになります。レイノルズ数が小さい流れ(ゆっくり、ドロドロ)では拡散が支配的。逆にRe数が大きい流れでは対流が圧倒し、拡散は脇役になります。
  • 圧力項 $-\nabla p$:注射器のピストンを押すと、液体が針先から勢いよく出ますよね? なぜでしょう? ピストン側が高圧、針先が低圧——この圧力差が流体を押す力になるからです。ダムの放水も同じ原理。天気図で等圧線がギュッと密になっている場所では? そう、強風が吹きます。「圧力差があるところに流れが生まれる」——これがナビエ-ストークス方程式の圧力項の物理的意味。ここでの勘違いポイント:CFDの「圧力」は絶対圧ではなくゲージ圧のことが多い。圧縮性解析に切り替えたとたんに結果がおかしくなる場合、絶対圧/ゲージ圧の混同が原因かもしれません。
  • ソース項 $S_\phi$:暖められた空気が上に昇る——なぜでしょう? 周囲より軽く(密度が低く)なったから、浮力で押し上げられるのです。この浮力はソース項として方程式に追加されます。他にも、ガスコンロの炎で化学反応熱が発生する、工場の電磁ポンプで金属溶湯にローレンツ力がかかる…これらはすべて「外部から流体にエネルギーや力を注入する」作用であり、ソース項で表現します。ソース項を忘れるとどうなるか? 自然対流の解析で浮力を入れ忘れると、流体は一切動かない——冬の部屋で暖房をつけたのに暖かい空気が上に行かない、という物理的にありえない結果になります。
仮定条件と適用限界
  • 連続体仮定:クヌッセン数 Kn < 0.01(分子平均自由行程 ≪ 代表長さ)で成立
  • ニュートン流体仮定:せん断応力と歪み速度が線形関係(非ニュートン流体では粘度モデルが必要)
  • 非圧縮性仮定(Ma < 0.3の場合):密度を一定として扱う。マッハ数0.3以上では圧縮性効果を考慮
  • ブシネスク近似(自然対流):密度変化を浮力項のみで考慮し、他の項では一定密度を使用
  • 適用外ケース:希薄気体(Kn > 0.1)、超音速・極超音速流れ(衝撃波捕捉が必要)、自由表面流れ(VOF/Level Set等が必要)
次元解析と単位系
変数SI単位注意点・換算メモ
速度 $u$m/s入口条件で体積流量から換算する際、断面積の単位に注意
圧力 $p$Paゲージ圧と絶対圧の区別。圧縮性解析では絶対圧を使用
密度 $\rho$kg/m³空気: 約1.225 kg/m³@20°C、水: 約998 kg/m³@20°C
粘性係数 $\mu$Pa·s動粘性係数 $\nu = \mu/\rho$ [m²/s] との混同に注意
レイノルズ数 $Re$無次元$Re = \rho u L / \mu$。層流/乱流遷移の判定指標
CFL数無次元$CFL = u \Delta t / \Delta x$。時間刻みの安定性に直結

数値例:円管内層流(d=10mm, L=1m, 水μ=0.001Pa·s, Q=0.1L/min)

Re = ρuD/μ = 998×0.021×0.01/0.001 ≈ 212層流) 圧力損失 ΔP = 128μLQ/(πd⁴) ≈ 68.2 Pa

乱流モデル別の精度比較(後向きステップ、再付着長さ):

k-ε標準5.8h(実験6.1h)
-4.9%
k-ω SST6.0h
-1.6%
RSM6.05h
-0.8%
LES6.12h
+0.3%
実験値6.1h
基準

k-ω SSTは精度とコストのバランスが良く、多くの実務で最初の選択肢になります。

簡易計算ツール:流体力学基礎

レイノルズ数 Re = ρuL/μ を計算し、層流/乱流の判定を行います。

CFL数 = u·Δt/Δx を計算し、時間刻みの安定性を確認します。

円管内の層流ハーゲン-ポアズイユ流れの圧力損失 ΔP = 128μLQ/(πd⁴)

CFDメッシュの品質管理や乱流モデルの選定に悩む時間を、もっと創造的な設計作業に使えたら。 — Project NovaSolverはそんな実務者の声から生まれました。

Project NovaSolver — CAE実務の課題に向き合う研究開発

「流体のエネルギー方程式をもっと効率的に解析できないか?」——私たちは実務者の声に耳を傾け、既存ワークフローの改善を目指す次世代CAEプロジェクトに取り組んでいます。具体的な機能はまだ公開前ですが、開発の進捗をお届けします。

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