マイクロ流体力学 — 理論と支配方程式

カテゴリ: 流体解析(CFD) | 2026-01-15
microfluidics-theory
理論と物理の世界へ

マイクロ流体力学の基礎

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先生、マイクロ流体力学ってマクロの流体力学と何が違うんですか? スケールが小さいだけ?


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スケールの変化は物理の「支配者」を変える。マクロスケールでは慣性力が支配的だが、マイクロスケール(代表長さ $L \sim 1\text{--}100\,\mu\text{m}$)では粘性力と表面張力が支配的になる。


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具体的に数値で比較しよう。水流速 $U = 1\,\text{mm/s}$、チャネル幅 $D = 100\,\mu\text{m}$ の場合:


$$ \text{Re} = \frac{\rho U D}{\mu} = \frac{1000 \times 10^{-3} \times 10^{-4}}{10^{-3}} = 0.1 $$

Re << 1 なので慣性力は無視でき、Stokes流れ(クリーピングフロー)が支配する。


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Re = 0.1 だと完全に粘性支配ですね。乱流の心配はゼロ。


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そうだ。さらに表面張力の重要度を示す毛管数(Capillary number)は:


$$ \text{Ca} = \frac{\mu U}{\sigma} = \frac{10^{-3} \times 10^{-3}}{0.072} \approx 1.4 \times 10^{-5} $$

Ca << 1 なので、液滴・気泡の形状は表面張力が決定する。


Stokes方程式

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Re << 1 の極限では、Navier-Stokes方程式の慣性項が消えてStokes方程式になる。


$$ \nabla p = \mu \nabla^2 \mathbf{u} $$
$$ \nabla \cdot \mathbf{u} = 0 $$

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Stokes方程式には以下の重要な性質がある:


  • 線形: 解の重ね合わせが可能
  • 時間可逆: 外力を反転すれば流体は元の状態に戻る(混合が困難な理由)
  • 瞬時応答: 慣性がないので圧力変化が即座に全体に伝搬

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時間可逆ということは、マイクロスケールでは撹拌しても混ざらないんですか?


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通常の方法では混ざらない。これがマイクロミキサーの設計が難しい理由だ。拡散に頼るか、カオス的対流(流路のジグザグ構造など)を利用するしかない。


マイクロ流体特有の物理

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マイクロスケールで重要になる物理現象を整理しよう。


現象支配パラメータマクロでの影響マイクロでの影響
表面張力Ca, We, Bo通常は無視支配的
電気浸透流 (EOF)$\zeta$ 電位、Debye長無視駆動力として利用
スリップ流Knudsen数 Knno-slipKn > 0.01 でスリップ
拡散混合Peclet数 Pe対流支配拡散支配
接触角ヒステリシス前進/後退接触角重要でないデバイス動作を支配
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Bond数 $\text{Bo} = \rho g L^2 / \sigma$ もマイクロスケールでは非常に小さくなる($L = 100\,\mu\text{m}$ で $\text{Bo} \sim 10^{-6}$)。つまり重力は完全に無視でき、宇宙でも地上でも同じ振る舞いをする。


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重力が効かないのは直感に反しますが、スケールの効果なんですね。


Coffee Break よもやま話

F1と空力の戦い

F1マシンは時速300kmで走ると、車重と同じくらいのダウンフォース(下向きの空力的な力)を発生します。つまり理論上、天井に貼り付けて走れる! チームは数千CPU時間のCFDシミュレーションを毎週実行し、フロントウィングの角度を0.1°単位で最適化しています。F1はCAEの技術力がそのまま順位に直結する世界です。

各項の物理的意味
  • 時間項 $\partial(\rho\phi)/\partial t$:蛇口をひねった瞬間を思い浮かべてください。最初は水がバタバタと不安定に出て、しばらくすると安定した流れになりますよね? この「変化している最中」を記述するのが時間項です。心臓の拍動で血流が脈打つのも、エンジンのバルブが開閉するたびに流れが変動するのも、すべて非定常現象。では定常解析とは? 「十分時間が経って流れが落ち着いた後」だけを見る——つまりこの項をゼロにする。計算コストが大幅に下がるため、まず定常で解いてみるのがCFDの基本戦略です。
  • 対流項 $\nabla \cdot (\rho \mathbf{u} \phi)$:川に落ち葉を落としたらどうなりますか? 流れに乗って下流に運ばれますよね。これが「対流」——流体の動きが物を運ぶ効果です。暖房の温風が部屋の端まで届くのも、空気という「運び屋」が熱を対流で輸送しているから。ここが面白いところ——この項は「速度×速度」を含むため非線形です。つまり、流れが速くなるとこの項が急激に強くなり、制御が難しくなる。これが乱流の根本原因です。よくある勘違い:「対流と伝導は同じようなもの」→ 全然違います! 対流は流れが運ぶ、伝導は分子が伝える。桁違いの効率差があります。
  • 拡散項 $\nabla \cdot (\Gamma \nabla \phi)$:コーヒーにミルクを入れて放置したことはありますか? かき混ぜなくても、しばらく経つと自然に混ざりますよね。あれが分子拡散です。では次の質問——ハチミツとお水、どちらが流しやすいですか? 当然お水ですよね。ハチミツは粘性($\mu$)が高いから流れにくい。粘性が大きいと拡散項が強くなり、流体は「もったりした」動きになります。レイノルズ数が小さい流れ(ゆっくり、ドロドロ)では拡散が支配的。逆にRe数が大きい流れでは対流が圧倒し、拡散は脇役になります。
  • 圧力項 $-\nabla p$:注射器のピストンを押すと、液体が針先から勢いよく出ますよね? なぜでしょう? ピストン側が高圧、針先が低圧——この圧力差が流体を押す力になるからです。ダムの放水も同じ原理。天気図で等圧線がギュッと密になっている場所では? そう、強風が吹きます。「圧力差があるところに流れが生まれる」——これがナビエ-ストークス方程式の圧力項の物理的意味。ここでの勘違いポイント:CFDの「圧力」は絶対圧ではなくゲージ圧のことが多い。圧縮性解析に切り替えたとたんに結果がおかしくなる場合、絶対圧/ゲージ圧の混同が原因かもしれません。
  • ソース項 $S_\phi$:暖められた空気が上に昇る——なぜでしょう? 周囲より軽く(密度が低く)なったから、浮力で押し上げられるのです。この浮力はソース項として方程式に追加されます。他にも、ガスコンロの炎で化学反応熱が発生する、工場の電磁ポンプで金属溶湯にローレンツ力がかかる…これらはすべて「外部から流体にエネルギーや力を注入する」作用であり、ソース項で表現します。ソース項を忘れるとどうなるか? 自然対流の解析で浮力を入れ忘れると、流体は一切動かない——冬の部屋で暖房をつけたのに暖かい空気が上に行かない、という物理的にありえない結果になります。
仮定条件と適用限界
  • 連続体仮定:クヌッセン数 Kn < 0.01(分子平均自由行程 ≪ 代表長さ)で成立
  • ニュートン流体仮定:せん断応力と歪み速度が線形関係(非ニュートン流体では粘度モデルが必要)
  • 非圧縮性仮定(Ma < 0.3の場合):密度を一定として扱う。マッハ数0.3以上では圧縮性効果を考慮
  • ブシネスク近似(自然対流):密度変化を浮力項のみで考慮し、他の項では一定密度を使用
  • 適用外ケース:希薄気体(Kn > 0.1)、超音速・極超音速流れ(衝撃波捕捉が必要)、自由表面流れ(VOF/Level Set等が必要)
次元解析と単位系
変数SI単位注意点・換算メモ
速度 $u$m/s入口条件で体積流量から換算する際、断面積の単位に注意
圧力 $p$Paゲージ圧と絶対圧の区別。圧縮性解析では絶対圧を使用
密度 $\rho$kg/m³空気: 約1.225 kg/m³@20°C、水: 約998 kg/m³@20°C
粘性係数 $\mu$Pa·s動粘性係数 $\nu = \mu/\rho$ [m²/s] との混同に注意
レイノルズ数 $Re$無次元$Re = \rho u L / \mu$。層流/乱流遷移の判定指標
CFL数無次元$CFL = u \Delta t / \Delta x$。時間刻みの安定性に直結

数値例:円管内層流(d=10mm, L=1m, 水μ=0.001Pa·s, Q=0.1L/min)

Re = ρuD/μ = 998×0.021×0.01/0.001 ≈ 212層流) 圧力損失 ΔP = 128μLQ/(πd⁴) ≈ 68.2 Pa

乱流モデル別の精度比較(後向きステップ、再付着長さ):

k-ε標準5.8h(実験6.1h)
-4.9%
k-ω SST6.0h
-1.6%
RSM6.05h
-0.8%
LES6.12h
+0.3%
実験値6.1h
基準

k-ω SSTは精度とコストのバランスが良く、多くの実務で最初の選択肢になります。

簡易計算ツール:流体力学基礎

レイノルズ数 Re = ρuL/μ を計算し、層流/乱流の判定を行います。

CFL数 = u·Δt/Δx を計算し、時間刻みの安定性を確認します。

円管内の層流ハーゲン-ポアズイユ流れの圧力損失 ΔP = 128μLQ/(πd⁴)

CFDメッシュの品質管理や乱流モデルの選定に悩む時間を、もっと創造的な設計作業に使えたら。 — Project NovaSolverはそんな実務者の声から生まれました。

Project NovaSolver — CAE実務の課題に向き合う研究開発

「マイクロ流体力学をもっと効率的に解析できないか?」——私たちは実務者の声に耳を傾け、既存ワークフローの改善を目指す次世代CAEプロジェクトに取り組んでいます。具体的な機能はまだ公開前ですが、開発の進捗をお届けします。

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