LESの基礎理論 -- 理論と支配方程式
LES(Large Eddy Simulation)とは
先生、LESってRANSとDNSの中間みたいな手法って聞いたんですけど、具体的にはどういう考え方なんですか?
いい質問だね。乱流にはさまざまなスケールの渦が含まれているけれど、LESでは空間フィルタリングによって大きなスケールの渦を直接計算し、フィルタ幅より小さいスケールの渦(サブグリッドスケール、SGS)はモデルで近似するという手法なんだ。
なるほど、大きい渦は直接解いて、小さい渦だけモデル化するんですね。DNSとの違いは?
DNSはKolmogorovスケール $\eta_K$ まで全ての渦を解像するので、格子点数が $N \sim Re^{9/4}$ のオーダーで必要になる。実用的なReynolds数の工業問題では到底計算できない。LESはフィルタ幅 $\Delta$ をKolmogorovスケールより大きく取ることで、計算コストを大幅に削減するんだ。
空間フィルタリングの数学的定義
フィルタリングって、具体的にはどんな数学操作なんですか?
任意の物理量 $\phi(\mathbf{x}, t)$ に対して、フィルタ操作は畳み込み積分で定義される。
ここで $G$ はフィルタカーネル、$\Delta$ はフィルタ幅だよ。代表的なフィルタにはBox(トップハット)フィルタ、Gaussianフィルタ、Sharp spectral(カットオフ)フィルタがある。
実際のCFDコードでは、どのフィルタが使われてるんですか?
有限体積法ベースのコード(Fluent、STAR-CCM+、OpenFOAMなど)では、セル体積による暗黙的フィルタリング(implicit filtering)が一般的だ。フィルタ幅はセルの代表長さとして $\Delta = V_{cell}^{1/3}$ や $\Delta = (\Delta x \cdot \Delta y \cdot \Delta z)^{1/3}$ で定義されることが多い。
フィルタされたNavier-Stokes方程式
フィルタリングをNavier-Stokes方程式に適用すると、どうなるんですか?
非圧縮性流体の場合、フィルタされた連続の式と運動量方程式はこうなる。
ここで重要なのは、非線形項 $\overline{u_i u_j}$ をフィルタ済み速度の積 $\bar{u}_i \bar{u}_j$ で近似できないため、SGS応力テンソルが生じることだ。
この $\tau_{ij}^{sgs}$ がモデル化の対象になるわけですね。
その通り。SGS応力テンソルを閉じるためのモデルがSGSモデル(subgrid-scale model)で、Smagorinskyモデル、動的Smagorinskyモデル、WALEモデルなど、さまざまなモデルが提案されているんだ。
渦粘性仮説
SGSモデルの多くが「渦粘性」という概念を使っているみたいですが、これはどういうものですか?
Boussinesq仮説を小スケールの渦に適用して、SGS応力テンソルの偏差成分を歪み速度テンソルに比例させるんだ。
ここで $\bar{S}_{ij} = \frac{1}{2}\left(\frac{\partial \bar{u}_i}{\partial x_j} + \frac{\partial \bar{u}_j}{\partial x_i}\right)$ はフィルタ済み歪み速度テンソル、$\nu_{sgs}$ はSGS渦粘性係数だ。各SGSモデルの違いは、この $\nu_{sgs}$ をどう評価するかにある。
RANSの渦粘性と似たような考え方なんですね。でもLESの場合は局所的・瞬時的な値として計算するところが違うわけですか。
その通り。RANSでは時間平均的な渦粘性を使うけど、LESではフィルタ操作後の瞬時場に対する局所的な渦粘性を評価するんだ。この違いは物理的に非常に大きい。
ライト兄弟は最初の「CFDエンジニア」だった?
ライト兄弟は1901年に自作の風洞で200以上の翼型を試験しました。当時のコンピュータは? もちろん存在しません。彼らは手作業で揚力と抗力を測定し、最適な翼型を見つけ出した。現代のCFDエンジニアがFluent1発で計算する揚力係数を、ライト兄弟は何百回もの風洞実験で手に入れたのです。
各項の物理的意味
- 時間項 $\partial(\rho\phi)/\partial t$:蛇口をひねった瞬間を思い浮かべてください。最初は水がバタバタと不安定に出て、しばらくすると安定した流れになりますよね? この「変化している最中」を記述するのが時間項です。心臓の拍動で血流が脈打つのも、エンジンのバルブが開閉するたびに流れが変動するのも、すべて非定常現象。では定常解析とは? 「十分時間が経って流れが落ち着いた後」だけを見る——つまりこの項をゼロにする。計算コストが大幅に下がるため、まず定常で解いてみるのがCFDの基本戦略です。
- 対流項 $\nabla \cdot (\rho \mathbf{u} \phi)$:川に落ち葉を落としたらどうなりますか? 流れに乗って下流に運ばれますよね。これが「対流」——流体の動きが物を運ぶ効果です。暖房の温風が部屋の端まで届くのも、空気という「運び屋」が熱を対流で輸送しているから。ここが面白いところ——この項は「速度×速度」を含むため非線形です。つまり、流れが速くなるとこの項が急激に強くなり、制御が難しくなる。これが乱流の根本原因です。よくある勘違い:「対流と伝導は同じようなもの」→ 全然違います! 対流は流れが運ぶ、伝導は分子が伝える。桁違いの効率差があります。
- 拡散項 $\nabla \cdot (\Gamma \nabla \phi)$:コーヒーにミルクを入れて放置したことはありますか? かき混ぜなくても、しばらく経つと自然に混ざりますよね。あれが分子拡散です。では次の質問——ハチミツとお水、どちらが流しやすいですか? 当然お水ですよね。ハチミツは粘性($\mu$)が高いから流れにくい。粘性が大きいと拡散項が強くなり、流体は「もったりした」動きになります。レイノルズ数が小さい流れ(ゆっくり、ドロドロ)では拡散が支配的。逆にRe数が大きい流れでは対流が圧倒し、拡散は脇役になります。
- 圧力項 $-\nabla p$:注射器のピストンを押すと、液体が針先から勢いよく出ますよね? なぜでしょう? ピストン側が高圧、針先が低圧——この圧力差が流体を押す力になるからです。ダムの放水も同じ原理。天気図で等圧線がギュッと密になっている場所では? そう、強風が吹きます。「圧力差があるところに流れが生まれる」——これがナビエ-ストークス方程式の圧力項の物理的意味。ここでの勘違いポイント:CFDの「圧力」は絶対圧ではなくゲージ圧のことが多い。圧縮性解析に切り替えたとたんに結果がおかしくなる場合、絶対圧/ゲージ圧の混同が原因かもしれません。
- ソース項 $S_\phi$:暖められた空気が上に昇る——なぜでしょう? 周囲より軽く(密度が低く)なったから、浮力で押し上げられるのです。この浮力はソース項として方程式に追加されます。他にも、ガスコンロの炎で化学反応熱が発生する、工場の電磁ポンプで金属溶湯にローレンツ力がかかる…これらはすべて「外部から流体にエネルギーや力を注入する」作用であり、ソース項で表現します。ソース項を忘れるとどうなるか? 自然対流の解析で浮力を入れ忘れると、流体は一切動かない——冬の部屋で暖房をつけたのに暖かい空気が上に行かない、という物理的にありえない結果になります。
仮定条件と適用限界
- 連続体仮定:クヌッセン数 Kn < 0.01(分子平均自由行程 ≪ 代表長さ)で成立
- ニュートン流体仮定:せん断応力と歪み速度が線形関係(非ニュートン流体では粘度モデルが必要)
- 非圧縮性仮定(Ma < 0.3の場合):密度を一定として扱う。マッハ数0.3以上では圧縮性効果を考慮
- ブシネスク近似(自然対流):密度変化を浮力項のみで考慮し、他の項では一定密度を使用
- 適用外ケース:希薄気体(Kn > 0.1)、超音速・極超音速流れ(衝撃波捕捉が必要)、自由表面流れ(VOF/Level Set等が必要)
次元解析と単位系
| 変数 | SI単位 | 注意点・換算メモ |
|---|---|---|
| 速度 $u$ | m/s | 入口条件で体積流量から換算する際、断面積の単位に注意 |
| 圧力 $p$ | Pa | ゲージ圧と絶対圧の区別。圧縮性解析では絶対圧を使用 |
| 密度 $\rho$ | kg/m³ | 空気: 約1.225 kg/m³@20°C、水: 約998 kg/m³@20°C |
| 粘性係数 $\mu$ | Pa·s | 動粘性係数 $\nu = \mu/\rho$ [m²/s] との混同に注意 |
| レイノルズ数 $Re$ | 無次元 | $Re = \rho u L / \mu$。層流/乱流遷移の判定指標 |
| CFL数 | 無次元 | $CFL = u \Delta t / \Delta x$。時間刻みの安定性に直結 |
数値例:円管内層流(d=10mm, L=1m, 水μ=0.001Pa·s, Q=0.1L/min)
Re = ρuD/μ = 998×0.021×0.01/0.001 ≈ 212(層流) 圧力損失 ΔP = 128μLQ/(πd⁴) ≈ 68.2 Pa
乱流モデル別の精度比較(後向きステップ、再付着長さ):
k-ω SSTは精度とコストのバランスが良く、多くの実務で最初の選択肢になります。
CFDメッシュの品質管理や乱流モデルの選定に悩む時間を、もっと創造的な設計作業に使えたら。 — Project NovaSolverはそんな実務者の声から生まれました。
Project NovaSolver — CAE実務の課題に向き合う研究開発
「LESの基礎理論をもっと効率的に解析できないか?」——私たちは実務者の声に耳を傾け、既存ワークフローの改善を目指す次世代CAEプロジェクトに取り組んでいます。具体的な機能はまだ公開前ですが、開発の進捗をお届けします。
進捗通知を受け取る →